燕三条への想い ものづくりのまち・燕三条のDNAを
次世代に届ける

私が育った
「ものづくりのまち」

私が生まれたのは、新潟県三条市。
新潟県のほぼ中心に位置するこの地域は、古くから金属加工で発展してきた歴史を持ち、隣町の燕市と合わせて「燕三条」と呼ばれ、「ものづくりのまち」として有名です。

子どもの頃いつも歩いていた通学路には、鍛冶屋さんがハンマーで鉄を叩く音やプレス加工の機械音など、職人たちによる手際のいい仕事の音が響いており、私にとって金物は日常生活のすぐ傍にある身近な存在でした。

田んぼと桜

故郷を離れて初めて気付いた
「燕三条」の価値

大学卒業後、私は両親が営んでいた金物卸売商を継ぐ為、東京へ修業に出ましたが、入社したのは本社が大阪にある全く畑違いの会社でした。
ある時、役員を空港まで迎えに行った車中でのこと。役員は私の出身地を尋ね、「新潟県の三条市です」と答えると、
「金物のまちだね」とすぐに言いました。
それまでは当たり前で考えたことがありませんでしたが、この言葉を聞き、その時の私も地元の人間として「金物のまち」「ものづくりのまち」をより一層意識し始めました。

鍛造作業

地元で触れた「ものづくりのDNA」

会社を継ぐため地元・三条市に戻り、まずは金物卸売の業界を知るため、金物青年会や商工会議所青年部などの様々な団体に入会しました。
そこで分かったのは、この燕三条地区には先人からの
「ものづくりのDNA」が脈々と受け継がれているということ。
使う人のことを第一に考え、多種多様な金属の形を自在に変えることが出来る素晴らしい技術があること。
そして、それらの製品の価値を日本全国、あるいは世界へ発信できる卸売業が多く点在しているということ。

私は、新潟の外で出会った人たちの言葉で地元の魅力を再認識し、地元の人の熱い志に触れることで、価値を届ける卸売としての使命感と燕三条への想いがより強くなったのです。

男性社員

燕三条とナガオカ.リコー

私はナガオカ.リコーの代表となり、同じ想いを持つ社員のみなさんと力を合わせながら、燕三条の良質な金物製品を県内外にお届けしています。

都市部への人口集中や少子高齢化、事業の後継者不足など、燕三条も他の地域と同様に、地方ならではの課題を抱えていることは否めません。
しかし、ものづくりのまち「燕三条」の流通を担う一会社として、ナガオカ.リコーが素晴らしい製品・技術を発信し続け、また市場とメーカーをつなぐ強靭なパイプとなってユーザーの声に応えていくことで、この街の誇りを次世代に継承することができると信じています。

代表取締役社長 長岡信治
田んぼと桜
鍛造作業
男性社員
代表取締役社長 長岡信治

私たちが届ける燕三条の製品で、
関わるすべての人が笑顔になれるように。

燕三条の職人と金物店、そしてユーザーを繋ぐ卸売。
この仕事が私たちの誇りです。

株式会社ナガオカ.リコー 代表取締役社長 長岡信治